VRを使った没入型体験エンタテインメント「IMMERSIVE JOURNEY(イマ―シヴ・ジャーニー)」で、1874年にパリで印象派が誕生した瞬間をテーマとした没入型体験プログラム「Tonight with the Impressionists PARIS 1874 印象派画家と過ごす夜」が公開されている。これはフランスのVRエンタテインメントの第一人者Excurio(エクスキュリオ)が製作し、2024年3月、パリのオルセー美術館で行われた印象派誕生150年記念イベントで限定公開されたアトラクションの日本語版。著名な声優たちが登場人物の吹き替えを行い、1874年のパリ、印象派誕生の瞬間をリアルに体験できるプログラムとなっている。アトラクションとしての完成度は高く、とくに美術や芸術、フランス、パリ、歴史、19世紀末ファンはまさにその時代、その場いるかのごとき感涙ものの体験となること必至。おすすめである。
印象派誕生の瞬間のサロンに迷い込む
今でこそ、フランス絵画の代名詞の一つとなっている印象派。ルノワールやモネ、ドガ、セザンヌは印象派のみならず、フランス絵画を代表する画家として名が挙げられるほどの巨匠だが、「印象派」が誕生した1874年のフランス画壇では、彼らに対する評価は厳しいものだった。
この時代、フランス絵画界のご意見番であり権威とされるフランス芸術アカデミーで「是」とされた絵画とは写実的なリアルタッチの絵で、テーマは伝説や神話、聖書を題材としたもの。逆にそれ以外は道を外れたものとされ、今でいう「印象派」たちがテーマとしたうつろいゆく淡いタッチの風景画や抽象的かつ市井の人々といった人物画などは、正当な絵画として認められなかったのだ。
1874年4月15日、モネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、セザンヌ、モリゾ、ドガら、アカデミーからはじき出された画家たちはパリ・オペラ座の西側、キャプシーヌ大通り35番地にあった写真家ナダールのスタジオで展覧会を行った。これがのちの「第1回印象派展」であり、今回ご紹介する「Tonight with the Impressionists PARIS 1874 印象派画家と過ごす夜」は、まさにその「印象派」として自らのアイデンティティを見出した画家たちが集うサロンにタイムスリップ。サロンに集まるルノワールやモネらの会話に耳を傾けながら、彼らの創作、絵に賭ける思いを聞き、そして印象派誕生の瞬間を目の当たりにするのである。

目の前は1874年のパリ。完成したばかりのパリ・オペラ座がそびえる
1874年への旅はVRのヘッドセットを付けるだけ。スタッフから仲間やほかの旅人たちの識別の仕方や歩き方などの簡単なレクチャーを受けたのち、いよいよ出発だ。
踏み出した1874年3月のパリは石畳に響く馬車の車輪の音、馬の蹄鉄のリズムや嘶きに、おおお、と感動しふと目を上げると、そこにそびえるのはパリ・オペラ座ガルニエ宮。それだけですでに感涙モードに入るくらいのリアリティの中、まるでルノワールの絵から抜け出してきたかのような青いドレスのローズという女性に声をかけられ、導かれるままに彼女の後をついて歩く。1874年が普仏戦争やパリ・コミューンのあとの混乱を経た共和制の時代であり、また「戦争に負けた」ことがどれだけパリ、そしてフランスに重く暗い影を落としていたかという「印象派が生まれた時代」の話に耳を傾けながら、ナダールのサロンへと足を踏み入れていくのだ。
そこにいるのはルノワールやモネ、セザンヌ、ドガなど、そうそうたる印象派の面々。彼らが描いた作品を、画家自身による解説を聞きながら鑑賞するのだが、そのときの演出も異空間に出かけるようで、なかなか面白い。

印象派は旅の時代に生まれた
ローズに導かれるままに画家の会話に耳をそばだてサロンの絵画を鑑賞し、気が付くと列車の駅に。実は印象派が生まれたのはパリ郊外への鉄道が整備され、旅が一般的になり始めた「旅の時代」でもあった。
印象派の画家たちはキャンバスと画材を抱えて敷設された列車に乗り、郊外の光の中で思い切り絵筆を走らせたのである。1871年に終わった普仏戦争はパリを大改造して光の都へと作り替えたナポレオン3世の時代を強制終了させた。敗戦という重く暗い影を払拭するかのように、画家たちは光を絵筆に絡めとりキャンバスに描き出し、移ろいゆく光や自然を描き出したのだろうか。パリからイル・ド・フランスのオーヴェル・シュル・オワーズ、ジヴェルニー、ノルマンディー地方などは、画家たちが好んで出かけて描いた場所だ。

VRの旅はいつの間にかノルマンディー地方のル・アーブルに場面が変わり、日の出の風景を眺めている。傍らでモネが描いているのはあの「印象・日の出」。ナダールのスタジオでの展覧会に冷やかしでやってきた評論家がモネのその絵を見て「描きかけの壁紙のように印象的だ」と揶揄し、彼らはそれを逆手に取り自らを「印象派Impressionist」と名乗るようになったという、「印象派」という名が生まれたきっかけとなった絵だ。
絵を描くモネの横にそっと立ち、ともに絵筆を動かしてみる。と、まさに彼の視点で絵を描いているかのような錯覚にも陥り、印象派誕生の貴重な瞬間を、時を越えて共有しているような気持にもなるのだ。これはぜひ、験していただきたい瞬間である。
監修はパリ・オルセー美術館による「ホンモノ」のアトラクション
とにかく本格的な時代考証と徹底的な解説が心に響くこのアトラクション、先に少しお話したように、2024年3月にパリ・オルセー美術館で「印象派誕生150年」を記念して期間限定公開された特別企画が原作だ。いわばオルセー美術館が徹底監修をしている本格的な脚本をもとに作られているのである。
パリでの上映は期間限定で、英語とフランス語のみだった。だが、現在横浜で上映されているものは完全日本語吹き替え版。モネ役に梶裕貴、ドガに子安武人、セザンヌに浪川大輔などなど、刺さる人には思い切り刺さる実力派声優陣によるナレーションとセリフで、リアリティ満載の世界が展開されるのはじつにうれしい。しかも日本語台本は国立西洋美術館が監修しているので、内容は日仏学芸員のお墨付きだ。こうした学術的な要素がかかわる素材は、母国語で聞くのが何よりわかりやすく、ありがたい。
ただ楽しいだけでなく、印象派の歴史や19世紀末のパリ文化をしっかり学べる本格的なあアトラクション。芸術に詳しくなくても、この19世紀の空気を肌で感じられるだけでも、とてつもなく価値がある。この時代が刺さるファンはぜひとも足を運んでいただきたい、必体験の、感涙物のアトラクションである。

XRエンタテインメント施設 「IMMERSIVE JOURNEY」
会場:神奈川県横浜市西区高島 2-14-9 アソビル 3F
体験時間:約60分。
チケット一般:休日:5,000円/1名、平日:4,000円/1名
※4名以上の場合は団体チケットあり

※対象年齢:8歳から
※12歳以下、70歳以上は同伴者が必要。
※足元注意。スニーカーなど安定した靴で。
詳細は公式サイトにて。
https://immersivejourney.jp/
■エジプトのピラミッド建設をテーマとしたアトラクション「Horizon of Kofu ~古代エジプトの旅~」も上映している。こちらはハーバード大学監修、日本語監修はエジプト考古学者の吉村作治。


